まさか、アイツ―――
たった今までゲームに熱中していたはずの少年がおもむろに席を立ち、
ものすごい勢いで電車から駆け降りようとしているではないか!
バカなっ!お前はいま、敵の真っ只中にいるんじゃなかったのか?
ちゃんとセーブはできているのか?!―――
そんな思いで、走り去る少年の後ろ姿をほうぜんと見送りながらその手にしっかりと握りしめられたゲーム機に目をやると、ゲーム機のフタが――閉じている。しかもご丁寧にそれまで耳につけていたイヤホンのコードをグルグルに巻き付けて。
ってことは・・・しまった!! なんてこった!
アイツは少し前から降りる準備をしていたってことじゃあないか!
目の前の女性に気を取られ、すっかり見落としてしまっていた。
アイツの座っていた席までの距離は車内のベンチシート約1つ分ってとこか。
遠すぎるっ!!―――
今動いても、もう間に合わない。
ほら、そんなことを考えている間に空席に気づいた1人の男性がスタスタと席に歩み寄り、あっけなく座ってしまった。
もういい。そんなことはもういい。
今は目の前のこの女性に集中しよう。
だってほら、彼女は自分のカバンに手をかけて、今にも立ち上がりそうな態勢ではないか。
わざと視線を外し、壁際の広告を眺めているかのようなぎこちないフェイクで僕が見守る中、彼女はカバンの中に手を入れ何か(きっと定期券だ―――)を取り出しつつ、その重い腰をゆっくりと上げ始めた。
ほらきたっ!僕の予想通りだ。立った。とうとう彼女が立ち上がったんだ!やったぞぉー!
ハイジ、人が立つってほんとイイーーっ!!―――
――――――つづく