しかしこの男、先ほどからヒマにまかせてずっとその様子をうかがっているが、どこかおかしい。
いや、どこがって訊かれてもよくわからないが、妙な違和感を感じるのだ。
どこかで見たような気もする。
誰だっけ? いやいや、こんな男は知らない―――
少しうつむき加減に座っている男を上から見下ろしている僕には真正面からその男の顔をとらえる事はできないが、どこにでもある、あまり特徴のない顔。そんなふうに思える。
時おり不安そうに後ろを振り返っては窓の外を眺め、どこか悲しげな表情を浮かべてうつむく。
そわそわと、この動作を幾度となく繰り返すこの男に、まわりの人たちは何も感じないのだろうか。
それほどオーバーなアクションをしているわけではないにしても、誰もこの男のことを気にも留めていない。
どちらかといえば、僕の方がさっきからチラチラと見られているような気がするのは気のせいだろうか。
と、突然、目の前の男と視線がぶつかりギョッとした。
さっきまでうつむき加減だった男が急に顔をあげたのだ。
僕はハッとして我に返った。
どうやら自分の考えに少し気を取られすぎて、その間ずっとこの男を凝視してしまっていたようだ。
き、気まずいぞ。早く目をそらさなければ―――
だが、そんな動揺した僕の態度にはお構いなく、男はじっと僕を見上げたまま動かない。
そして僕の目をじっと見つめている。
僕の目をじっと、じっと・・・ん?
じっと見て――いないのか?
その男のうつろな眼差しは、僕の目を頭ごと通り抜け、そのまだずっと先の空間を見つめているようだった。
その目に生気は感じられない。
そうとう疲れているのか、それとも何か深刻な悩みでも抱え込んでいるのか、じっと空を見つめたまま動かなくなってしまった。
電車はあと数十秒もすれば芦屋駅に到着する。
さすがに各駅停車だからか、乗った時よりも若干乗客が少なくなったような気がする。
おしゃべりする者もなく、ガタゴトと電車の揺れる音だけが車内に小さくこだまする。
嵐の前の静けさか―――
決戦の時は近い。
僕は男から目をそらし、窓の外を流れる景色の遥か遠くを眺めながら小さくひとつ、深呼吸をした。
そして再び男の方に視線を戻し、祈るような思いでそっと目を閉じた。
芦屋だ。
――――――つづく